「工学設計における倫理」コンファレンス報告
伊勢田哲治
「工学設計における倫理」(ethics in engineering design) コンファレンスは、イギリスの設計協会設計教育班(Design
Education Special Interest Group of the Design Society, DESIG)の最初の年次設計会議(first
Annual Design conference)、および第十回の製品設計教育国際会議(10th International
Conference on Product Design Education) として、2003年9月10日から11日にかけてイギリスのBournemouth
大学で行われた。この会合にはイギリス各地から技術者教育にたずさわる教員があつまり、設計についての教育(や設計一般)の中で倫理や環境の問題をどう扱うかについて議論している。本報告では、同コンファレンスのプロシーディングスをもとにしてその内容についてまとめる。なお、報告者は残念ながらこのコンファレンスに参加することはできなかったので、当日の発表の状況等については分からない。発表は「カリキュラム」「プロジェクト」「関連するトピック」の三つのグループに分類されている。当日のプログラムでは同じグループの発表もいくつかのセッションに分けられているが、ここではプロシーディングスに従ってグループごとに紹介を行う。なお、発表者の所属は、特に断らない限りはすべてイギリス国内である。また、以下の紹介中、designやdesignerという言葉は基本的には「設計」「設計技術者」と訳してあるが、文脈からいって意匠に近い意味で使われている場合は「デザイン」「デザイナー」という訳語を当てている。
1 カリキュラム
まず、「カリキュラム」と題されたグループでは、カリキュラム全体の中にどのように持続可能性といった倫理的な要素を取り込むか、という問題にかかわる発表が集められてる。
Open University のS. Organ とJ Doyle は「QAAのベンチマークステートメントとOpen
University における設計科目」と題する発表を行っている。Open University は学生数ではイギリス最大の大学であり、その学生の大半はすでに職を持つパートタイムの学生である。この大学では最近工学士の学位が取得できるコースを開設した。この発表では、Quality
Assurance Agency for Higher Education (QAA)の設定した基準に照らして、どの科目がどの基準を満たすことになるかの対応づけを行っている(QAAは1997年に設立された独立機関で、高等教育の質保証を行っている)。QAAは技術者教育に関しては六つの領域(数学、科学、情報技術、設計、ビジネスの文脈、工学の実践)にわたって四種類のスキル(知識と理解、知的能力、実際的スキル、一般的に移転可能なスキル)を設けてそれぞれの領域できちんとスキルを身につけることを求めている。倫理や技術者の責任については「ビジネスの文脈」や「工学の実践」の領域における「知識と理解」の一部として位置付けられている。発表者たちは、設計科目が単に設計に関わるスキルだけでなく、ほかの領域のスキルを身につける上でも役に立っている、と分析している。
University of Wales InstituteのR. Griffithsは、「生命持続的な未来のための設計----われわれはみな有罪か」という発表を行っている。発表者は、設計にたずさわる技術者や設計を学ぶ学生があまりに安易にプラスチックを素材として指定する点を問題としている。そうした傾向への対策として、この大学とCorus
社(かつてのBritish Steel 社)は共同で学生むけのコンペティションを行っている。Corus社はさまざまな加工のできる「色付き鉄鋼」を開発しており、塗装が不要な点、製造に必要なエネルギーが少ない点、100%リサイクルできる点などから、プラスチックよりも環境負荷が低い素材だとしている。コンペティションの課題は、この素材を利用して「環境にやさしい家具」を作ることである。学生からはいくつも刺激的な提案が出されたが、学生の知的所有権に考慮してここでは結果は公表しない、とのことである。
Loughborough University のC. J. Backhouseらは「持続可能な設計の教育にライフサイクルアセスメントを取り込む」と題する発表を行っている。この大学では「持続可能な発展のための工学的設計」という教育モジュールと、「持続可能な製品設計」という教育モジュールを開発している。前者はMSc(理学修士)の学生むけの一週間集中のコースで、後者はMEng(工学修士)の最終学年(4年)むけのモジュールである(この大学は3年で学士号をとり、もう一年で修士号がとれるシステムになっている)。どちらのモジュールでもBoustead
LCAと呼ばれるモデルに基づいたソフトウェアパッケージが利用されている。前者のコースではLCAについての講義のあとソフトウェアパッケージを使った事例研究を学生が行い、後者の場合は、グループ設計プロジェクトの一部として、自分達の素材選択をLCAソフトを使って正当化せよ、という課題が出される。これらの授業に参加した学生からは非常に好意的な評価が得られているとのことである。
University of Derby のA. Dean とR. Parker は「知識と批判力のある倫理的設計者の教育」と題する発表を行っている。彼らは「倫理的」という言葉を「持続可能な」という言葉とほぼ同義で使っている。彼らの分析では、この意味での倫理的な問題の特徴はグローバルな問題のレベルと個人の生活のレベルがうまく結びついていないことにある。そこでUniversity
of Derby では、学生の生活の中に倫理的な意識を取り込むべく、さまざまな試みを行っている。たとえば一年次では、学生に環境負荷の観点からの日記をつけたりウェブページを作らせたりさせ、どうしたら改善できるかについて報告させている。あるいは、初期の段階で学生が取る設計の授業では、環境に優しい車を設計するチームの一員として、そうした車が満たすべき法的条件やそうした車を設計するための戦略についてまとめさせる、という課題がある。より進んだ段階の授業では、学生に既存の製品(たとえば掃除機)を"Eco-it"
や"Simapro"といったソフトで分析させ、環境への影響が小さくなるように再設計させる、という課題も出されている。
G. Howerth (Smith and Nephew Group Research Center)とM. Hadfield(Bournemouth
University)は「製品設計教育に持続可能な発展の原理を導入することの難しさ」と題する発表を行っている。イギリス政府は「よりよい生活の質」(A
Better Quality of Life)という題で持続可能な発展のための戦略を発表しており、企業や大学もそれに答えることが求められている。Bournemouth
University は王立工学アカデミーからの資金を得て、学部学生を対象とした持続可能な発展に関する事例研究教育の導入を行うことになった。その際にパートナーとして選ばれたのが医療機器メーカーのSmith
and Nephew社である。両者はウェブベースの教材を開発した(www.spd.bournemouth.ac.uk)。このウェブサイトには、基本的な概念の説明やリソースへの案内のほか、LCAを行うためのツールなどがまとめられている。Smith
and Nephew 社の方でもこのサイトを社員研修に利用し、既存の製品の持続可能性の観点からの分析を研修の一環としてやらせている。この研修の特徴は、持続可能性の問題を、安全、福利、人権、コストといった他の評価基準とならべて総合的に判断するような枠組みを与えているところである。
2 プロジェクト
「プロジェクト」と題されたグループには、設計教育の中で具体的にどういう課題を利用するか、あるいは教育の場をはなれた設計プロジェクトでの倫理問題に関する発表があつめられている。
Coventry UniversityのM.A.C. Evatt は、「持続可能性----設計の実践?」と題する発表を行っている。彼の大学では二年次の学生むけに以下のような課題を与えた(これはグループで取り組む課題として与えられており、二年次の設計に関する必要単位の60%にあたる)。まずgreen
designやdesign for sustainabilityという言葉について調べる。次にそうした設計についての学生や一般人の意見について調べ、調べたことをもとに、環境にやさしい設計を行うためのルール集を作る。さらに、庭仕事のための機械をなにかひとつとりあげ、上の規則にもとづいてより環境にやさしい機械に設計しなおす。
概念の整理においては、「持続可能」という概念を「長持ちする」と解釈するなどの誤解もみられた。ルール集については、P. Burallのリストをはじめとしてすでにウェブ上に多くの情報があり、それにそったまとめをするグループが多かった。そういうグループと、車輪の再発明とでもいうべき努力をしたグループのどちらを評価すべきかはむずかしいところである。再設計の課題では、太陽エネルギーを利用した芝刈り機などが提案されたが、ほとんどのグループは素材の選択など小幅な改良にとどまった。今後はウェブ上の情報の利用についてのガイドラインなどを付け加えていく予定である。
R.D. Morris (University of Brighton )とA. L. Thomas およびP.R.N.
Childs (いずれもUniversity of Sussex)は「エアバスA380のキャビンと客室環境の設計----教育のための事例研究」という発表を行っている。University
of Sussexでは、2年次の三つの学期にわたる長期のプロジェクトとして、旅客機の客室の設計という課題を与えた。エアバス社の大形旅客機A380は2006年から導入予定の機体で、客室の形や面積は決まっているが、細部はまだ決まっていない。学生に対しては、利用可能なさまざまな客席や階段(客室は二層になっている)の10分の1モデルや客席の実物大モデルが提供される。学生は最初の学期には市場の状況や客席の値段の決め方、サービス、路線などについて勉強する。次の学期には座席の人間工学、安全基準、室温、照明、換気などについて学ぶほか、調整可能なレイアウトやメンテナンスのやりやすさなど、建造上の要請についても学ぶ。最後に、学生は二つのグループに分かれ、さまざまな要請を満たす客室の設計を行う。足りない情報に関しては自分達で学習させるほか、工学系教員のグループによるサポートも行われ、換気と室温調整の関係についての情報提供などが行われた。また、航空業界からのゲスト・スピーカーも定期的に招かれ、最新の状況について情報提供を行った。
結果として、どちらのグループも、コンセプトはそれぞれ違うが、それなりに理にかなった客室設計を提案した。実際に設計中の機体ということで、課題に対する学生の興味も高かった。また、学生からのフィードバックでも、「設計のプロセスでこんなに多くの判断が必要になるとは思わなかった」といった声がきかれ、設計の実際についての知識を与えるという点で非常にうまくいった。長期にわたるプロジェクトであるため、状況の変化にあわせて再設計したり、さまざまな選択肢をためしたりといった経験をする時間的余裕があったのも思わぬ収穫だった、とのことである。全体として非常に成功したプロジェクトだったと言ってよいだろうが、発表者たちが唯一反省点として挙げているのは、どちらのグループも現存の機体に非常に類似した設計になっており、たとえば思いきって客室環境を落として安い席ばかりにするといった発想が出なかった点である。
University of Bath のC. McMahonは「持続可能な発展についての学習教材としての小規模代替エネルギー装置の使用」と題する発表を行っている。この大学では、過去3年にわたって、学部学生むけのプロジェクトとして風力、水力(波力)、太陽力などの代替エネルギー装置をあつかっている。プロジェクトの内容は多岐にわたり、たとえばブリストル近郊で水力発電機を設置するのに適した場所をさがす、といったものや、ある種の素材が風力タービンに適しているかどうかを判断する、といったもの、あるいは風力や太陽力を使った持ち運びのヒーターや電動ポンプが可能かどうか判断する、といった課題がこれまでに出されている。
代替エネルギー装置の設計のプロセスには、課題として利用できるステップがいくつもある。まず、装置を導入するための経済的な正当化のデータを集める段階(たとえばある地方における風力や水力をしらべてどのくらいの電力が作れるか見積もる、等)がある。第二に、設計のコンセプトを選ぶ段階がある。たとえば水力発電機にもコンセプトの違ういくつもの型があり、それぞれに長短があるため、その地域でどれが一番適しているか判断する必要がある。第三は設計アーキテクチャーとパラメーターの選択の段階があり、たとえば水力発電用の回転翼の直径や横幅を決定するといった判断がここに含まれる。第四に細部の設計の段階があり、設計上の興味深いさまざまな問題がここに含まれる。第五に製品デザインの段階があり、消費者にとって魅力的な製品にするにはどうしたらいいか、という判断が必要になる。第六に素材と製造工程の選択の段階がある。一つの前提として、伝統的な電力源よりも安くなければ代替エネルギー装置は受け入れられないと考えられるので、その要請を満たす素材と製造工程が必要になってくる。そして最後に製造工程そのものの設計という段階がある。この段階で考察されるのは、たとえば、代替エネルギー装置の製造工程について、既存の発電機や「白もの家電」の製造工程から学べることはないだろうか、といった問題である。このようにして一連のプロセスから個々の段階を取り出すことで、学部学生がひとりでも扱えるような課題を組み立てることができるわけである。これまでのところ、学生はこれらの課題に興味をもって取り組んできており、持続可能な発展に対する意識の向上にも役立っているようである。
Loughborough University のS. Paceは「製品デザインの学生の動機付けとしてのリサイクル問題の利用----家庭用の缶つぶし器にもとづく教育方法論」と題する発表を行っている。最近、いくつかの大学で、「製品デザインと工学」(product
design and engineering)という学位プログラムが導入され、優秀な学生をあつめている。これらのプログラムに入学するのは工学系の科目でよい成績をとった学生だけでなく、芸術系の科目でよい成績をとった学生も含まれる。そこで、そのように背景の違った学生たちを対象に設計の体験学習をさせるにはどうするのが効果的か、という問題が生じてくることになる。発表者は家庭用の缶つぶし器(can
crusher)を題材とし、工学系につよい学生と芸術系につよい学生をそれぞれにグループ分けして取り組ませた。家庭ゴミの減量の上で缶つぶし器が重要であることは認められているにもかかわらず、缶つぶし器はあまり普及していない。そこでより普及するような缶つぶし器を考案する、というのが課題である。二つのグループは非常に違うタイプの解答を出してきた。芸術系に強い学生は製品に焦点をしぼった設計をした結果、たとえば「ペット」を題材とした製品のデザインを提出した。ただ、飲料用の缶はつぶせてもペットフードなどの缶はつぶせない。逆に、工学系に強い学生たちは、問題解決に焦点をしぼって、ペットフードの缶でもつぶせるだけの力を発生させる点では成功した。しかし、その結果、製品に発展する見込みはあまりなさそうなデザインになってしまった。発表者は、このようにそれぞれの学生の背景からくる制約を乗り越える上では、設計の過程を(問題解決や製品デザインも含めた)いくつもの段階に区切り、それぞれの段階でどういう戦略をとればよいかの方法論を提示する、というやり方が効果的なのではないか、と示唆している。
W.F. Gaughran (アイルランドのUniversity of Limerick)とE.H. Billett (Brunel
University)は「使用者中心の設計における車椅子使用者の代用----倫理的な問題か」と題する発表を行っている。車椅子の設計の上で、車椅子に座ったままで仕事台に向かうのに適切な高さをきめるという人間工学的問題がある。本来ならば実際の車椅子使用者に実験に協力してもらうべきだろうが、条件を満たす人をみつけるのは難しく、それ以外の人に代わりに実験台になってもらうことが多い。はたしてそうした代用は倫理的だろうか、というのが発表者たちの立てる問題である。発表者たちは、車椅子使用者(ただし上半身の力は「通常」なみにある人たち)と代用車椅子使用者(ふだんは車椅子を使わずに生活している人たち)のグループの比較調査を行った。結果として、人間工学的なさまざまな指標において両グループにほとんど差はなく、どちらのグループでも仕事台の高さは膝の高さプラス100ミリがもっとも快適だという結果になった。その他の点でも代用車椅子使用者を使うことで生じる倫理問題は思い付かないので、結局こうした代用は倫理的である、という結論が出た。
3 関連するトピック
「関連するトピック」と名付けられたグループには、設計教育の手法一般にかかわる発表や企業を対象とした教育の取り組みなど、さまざまな話題の発表が集められている。
University of Derby のP. Barber は「被災地用シェルターの概念設計の開発:学生プロジェクト」と題する発表を行っている。このプロジェクトはJCB社からUniversity
of Derby に持ちかけてきたものである。現存する被災地用シェルターはできのわるいテント以上のものではなく、JCBの社員から概念的な再設計の必要が提案された。この依頼は二年次の「工学的設計」モジュールの一部となるグループ課題としてとりこまれた。学生に対しては、全体が一つのキットとしてまとめられること、二人で運べる程度の重さであること、道具を使わずに短時間で組み立てられること、パラシュートで落とせること、安くて長持ちなこと、などが制約条件として与えられ、もっと詳しい制約条件を特定する作業は課題の一部として学生に任された。最初に必要な知識を学生に与えるためのレクチャーが何回か行われたあと、学生たちは現在使用されている被災地用シェルターやテントについて調査を行った。現行のシェルターやテントはいずれも与えられた制約条件を満たしていなかった。次に学生たちは代替案のモデルとなるデザインについて調査した。遊牧民の円形テント、ハイキング用などに開発されているドーム型をはじめとしたさまざまなテント、植物栽培用のビニールトンネルなどが考慮の対象となった。ある程度設計のアイデアがそろったところで、クライアントであるJCB社を対象としてレビューセッションがもたれた。クライアントからの反応をもとに、学生たちはより具体的な設計にとりかかった。最終的に、各グループは、全体を描いたイメージと、素材、製造工程、保管方法などについての情報をプレゼンテーションという形で発表した。各個人の評価のために、自分がどういう貢献をおこなったかについての個人別のレポートも提出させた。JCB社は最終的な設計案に非常に感銘をうけていた。
この課題を行う上での問題となったのは学生にキャンプなどの体験がほとんどなく、そうした経験をどうやってうまく共有するか、という点だった。また、後半の具体的な設計では、問題解決のために設計を複雑化する傾向がみられ、当初の制約条件を思い出させるのがインストラクターの主な仕事になった。全体として、この課題は学生が当初考えていなかったような設計問題を学生に提示することになり、また、外部のクライアントを相手にすることは学生にとってよい経験になった。さらに、ここで開発されたアイデアが製品化されれば、全世界の被災地で利用できるという点にも発表者は注意をうながしている。
South Bank University のC. Dowlenは「複製----建設的プロセス」と題する発表をおこなった。複製には悪いイメージがある。学生が誰かのレポートを写して提出すれば盗作であり、製品の複製は特許や意匠登録に対する侵害となりうる。盗作への最大の対策は盗作を未然に防ぐような課題を学生に与えることである。
しかし、日本語で「学ぶ」という言葉が「まねする」という意味から来ているように、まねすることは学習の上で重要な役割をはたしうる。伝統的にはこの要素は習字帳や徒弟制度という形で教育に取り込まれてきた。設計教育の手法としては、特許書類の分析をさせ、抜け穴を見つける、という課題が、特許侵害にもならず効果的である。あるいは、特許権者に連絡をとり、利用許可をもらうという方法もある。特許の88%は製品化されておらず、製品化に繋がるようなアイデアを付け足す機会を得ることは特許権者にとっても利益になる。あるいは、現存する製品からなぜその製品が成功しているかを分析し、一般原理を取り出してその原理を自分の仕事に生かす、という方法もある。遺伝アルゴリズムによる製品開発も、既存の製品を出発点とするという意味では複製の要素を含む。
South Bank University では複製をテーマとした課題をいくつもおこなっている。たとえば既存の製品をモデル化したり、既存の製品を分解してそれを製造するための図面を書かせる、といった課題を出している。特にうまくいっている課題は、だれかデザイナーをひとり選んでその人のスタイルについて調べ、そのスタイルを別の製品に応用する、という課題である。こうした課題はインターネットを使った盗作が難しいだけでなく、全員に違う製品を課題として与えることで、学生同士の盗作も防ぐことができる。
Bournemouth University のB.T.J. Dyerは「設計者の世界に競争的トレーニングの原理を取り込む」と題する発表を行っている。ビジネスの世界ではあまりに競争的な態度は会社の内外で軋轢を起こすため敬遠されるようになってきている。技術者にとっても、「設計技術者の燃え尽き」(Designer
Burnout)を起こす原因として過当競争が挙げられる。しかし、スポーツなど「非対面的競争」(non-confrontational
competition)の分野では競争的要素が能力を引き出す上でもっとうまく利用されており、技術者教育においてもスポーツ心理学から学ぶべきことは多くある。発表者が提案するモデルは設計パフォーマンスモデル(DPM)と名付けられている。このモデルは、準備、喚起・点火、実行、評価の四つの段階からなる。準備段階は必要なときに最高の力が出せるように準備する段階である。スポーツ心理学では燃え尽きを防ぐためのペース配分の考え方が発達しており、その中では定期的にあまり負荷をかけない基礎トレーニングに戻ることが重視されている。同様に、設計技術者も定期的にストレスの低い基礎的な仕事に戻ることで燃え尽きを避ける(少なくとも遅らせる)ことができるはずである。喚起段階では、仕事の達成に向かうための動機づけが行われる。ここでもスポーツ心理学から学ぶことができる教訓がいくつもある(自分が制御できることに注意を集中すること、新しいスキルを使う際には練習だと思うこと、最悪のシナリオについて知っておくこと、など)。実行の段階でも、ペース配分についての意識が重要になる。人間のからだは均等なペースで働くようにできており、その知識に基づいて作業計画をたてれば、不必要な疲労を防ぐことができる。評価の段階では、発表者は、日誌をつけておいてそれに基づいて評価を行うことを提案している。さらに、評価の内容を、何を成し遂げたかだけではなく、どういうコンディションでそれを成し遂げたかに着目するようにすれば、成功をくり返すチャンスが大きくなる。
Royal College of ArtのR. Holdwayは「損失なしに減らすこと----製造者の責任をイギリス中小企業の製品デザインと結び付ける」と題する発表を行い、企業を対象とした工学倫理教育について報告した。電気製品の廃棄物はイギリスだけでも毎年100万トンに達しており、「環境のための設計」(Design
for Environment, DfE)の必要性は強く認識されてきている。EUで製品リサイクルのための指示が採択され、2006年末までには目標が達成されなくてはならない、といった形で法制度の整備も進んでいる。しかし、廃棄物を減らすには、法遵守を超えた取り組みが必要である。そこで出てきた「損失なしに減らす」(less
without loss)というスローガンは、経済的に損失にならないような形で環境へのインパクトを減らす設計を指し、1996年に最初に使われた。中小企業へのアンケートでも、DfEを採用する理由として、コストが削減できることが挙げられている。しかしまだリサイクルのための「全生涯」(whole
of life)型の設計がどういう実際的な含意を持つかについてはよく理解されていないように思われる、と発表者は分析する。そうした問題に対処すべく、発表者たちは従業員250人以下の中小企業を対象として、DesignTrack
Workshopという無料かつ秘密厳守のワークショップを開催している。インストラクターはまず、コンタクトのあった企業をたずね、製造工程を見せてもらう。次に、DfE製品をつくるための設計や経営について基本的なレクチャーや事例研究の紹介を行う。ディスカッションをしたあと、その会社の製品を分解して、再設計のための示唆をインストラクターが行い、それに基づくディスカッションをする。最後に、指摘された点をもとに、行動計画を作ってワークショップは終わる。目標は、環境負荷が小さいだけではなく、安く作れて市場の要請も満たす設計を行うことである。ワークショップ後の企業からのフィードバックによると、これまでにワークショップに参加した14の企業のうち9つがこれでコスト削減ができたと報告している。その他にも、技術革新につながったとか企業風土が変化したといった有形・無形のさまざまなよい影響があった、というフィードバックがえられている。
University of Wales Institute (Cardiff校) のD. Eggbeerらは、「実践における製品設計教育----学部卒業から企業での最初の地位への中心的変遷」と題する発表を行っている。イギリスには、中小企業を対象として政府の援助による研修を行うTCSという制度があり、発表者らの所属機関(国立製品デザイン・開発研究センター、PDR)も製品デザインに関してそうした研修を提供している。しかし、中小企業にCAD(computer
assisted design)をはじめとした先進的な設計技術を導入するにはいくつかの障壁がある。PDRでは、研修の手がかりとして、最近、UWICの製品デザイン科の卒業生を利用する試みを行っている。具体的には、卒業生が企業に雇われた後、その企業を対象にTCSを行い、その中で卒業生にAssociateとして働いてもらう、という手法がとられている。この発表では三人の卒業生が事例としてとりあげられている。いずれも2年のTCSプログラムを通じて就職先の企業にCADを導入することに成功している。しかし、その中で同時にUWICの製品デザイン科のカリキュラムで欠けている部分も明らかになってきている。たとえば設計と製造の関わりについての教育や、環境基準についての教育が欠けていたため、卒業生たちは自分でその穴をうめていった。また、中小企業には、マーケットリサーチを軽視したり新製品の開発に体系的に取り組まなかったりといった共通の特徴がある。そうした穴をうめるには、本人たちの努力もさることながら、大学からの協力チームも重要な役割を果たした。この過程で卒業生たちは経営的なスキルも身につけていった。発表者たちは、新しい設計技術を身につけた大学卒業生たちが中小企業で有効に働けるようにするために、TCSのようなプログラムがもっと利用されるべきだ、と結論している。
The Nottingham Trent University のC.R. Gentleらは「包括的製品デザイン(倫理・持続可能性)のプロジェクト教育と、そこにおける大掛かりな学習プロジェクトの利用」と題する発表を行っている。発表者らが報告するのは、彼らの大学で二年次の一年間をかけて行われる大掛かりな学習プロジェクトに関してである。このプロジェクトでは学生は障害者用の三輪車の開発にたずさわる。リサイクルがしやすく、既存の製品からのリサイクル部品も使えるようにする一方、主なユーザーとなる脳性マヒ者にとっての使いやすさも考慮する必要がある。これは「包括的製品デザイン」のよい実例となる。この課題において、ある学生は、既存の自転車のフレームに簡単な改造を施すことで、今ある障害者用三輪車よりも快適な試作品を設計することに成功した。これは、廃棄部品の多くある第三世界などでも応用可能な技術である。(なぜこの発表が「プロジェクト」ではなく「関連するトピック」の項目に分類されているかは定かではないが、おそらくプロジェクトの実践例としてより包括的デザインという考え方についての発表として受け取られたからであろう。)
以上、「工学設計における倫理」コンファレンスで行われた発表の大半について、その要旨をまとめてきた。工学倫理教育や工学倫理一般について、ここから得られる示唆は多い。一つ興味深いのは、以上の発表のほとんどで「倫理」とはすなわち環境の問題として捉えられており、その他は障害者関係の発表がいくつかあるだけで、安全設計がほとんど話題となっていない点である。これはイギリスにおける工学倫理の現状認識として興味深い。また、企業と大学の協力関係が日本とは比較にならないほど大きいことも特徴的で、いくつかの発表に見られるように、学生のプロジェクトが企業の側にフィードバックされ、企業の利益にもなる、というような互恵的な関係すら存在する。こうした風土のもとでの取り組みがそのまま日本に持ち込めるとは思えないが、アイデアの源としては十分役に立つのではないかと考える。
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