4. アジサイが七変化する仕組みとは?

  
 アジサイの花色がは、移ろい易いものの代表例である。鉢の株を庭に下ろしただけで色が変わってしまう。どうしたら青くできるは、100年近く前から研究されている。アジサイは植物毒のアルミニウムに高い耐性を持つ。酸性土壌で育てると土中 のアルミニウムイオンが水によく溶けて根から吸収され、萼片はより青くなるとされる。しかし、赤いアジサイも青いアジサイも、含まれる成分は全く同じである。 アントシアニンは、単純なデルフィニジン3-グルコシドで、 色素以外に数種のキナ酸エステル類が含まれる。





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図5 アジサイの萼片の成分.  
萼の色に関係なくこれらの成分がふくまれる。青色発色には コピグメントの青色で示した部分構造が必須であった。



   我々がアジサイの花と思っている部分は実は萼(ガク)で、その組織を顕微鏡で見ると、表層には無色の細胞が並び、1〜2層下に色のつ いた細胞が疎らに存在する。また、紫色のアジサイでは、同じ 色の細胞が並ぶ場合もあるものの、隣り合わせの細胞が微妙に色が違っていることも多い。花色の大多数は遺伝子により支配されると考えて間違いないが、アジサイに限れば、環境支配の要因が大きいことが理解できる。この、ひとつひとつの細胞の 色が違うアジサイの花色変異解明にはどんな手法で取り組めばよいだろうか?
    我々は、萼片組織をプロトプラスト化して、同じ色の細胞だけを対象にミクロ分析を行なった。青色と赤色の萼片をそれぞれセルラーゼとペクチナーゼで処理することにより、無色と有色細胞の混じったプロトプラストが得られた(図6)。







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図6 in vitro実験によるアジサイの青、紫、赤色の再現.
  それぞれの色は図のような組成とpHで再現できることがわかった。右側写真は、その根拠となった萼片プロトプラスト混合物で、ここから、同じ色の細胞を集めて分析した。両者はよ く一致しているので、アジサイの真の発色機構を示すものと考えられる。



   顕微分光分析により一細胞の色を測定すると同時に、そのプロトプラストの液胞pHを前述の細胞内微小電極法で測定した。青色液胞pHは3.9、赤色では3.2と青色と赤色の液胞pHの値には、 有意に差が認められた。
   次に、プロトプラスト中の有機成分をミクロHPLCを用いて定量分析した。この分析は、いまのところ検出感度の限界により一細胞でというわけにはいかない。 しかし、数十個の細胞を、顕微鏡を覗いて色を見ながらマイク ロピペットで拾い集めるて分析した。これにより、萼片全部をすりつぶした分析結果とは画期的に異なるデータが得られた。 細胞内のアントシアニン濃度は青色でも赤色でも1x10-2 M 程度であったが、助色素類の量には明白な差が認められた。 青色細胞には、キナ酸の5位エステル類が10当量以上含まれていたのに対し、赤色細胞では5位エステル類は3当量しか含まれないかわりに3位エステルが16当量と大量に存在した。 さらに、細胞内のアルミニウム含量も定量した。アルミニウム の0.1 ppbレベルの微量分析は、環境からの汚染をいかに抑えるかが成否を決める。クリーンルームでの試料調製を含め、 様々な工夫の末、100個以下のアジサイ細胞で分析可能なシステムを構築した。その結果、青色細胞ではアントシアニンに対して約1当量のアルミニウムイオンが含まれていたが、赤色細胞では0.01当量以下であることが明らかになった。
    この結果をもとに、試験管内でアジサイの青色、赤色をそれぞれ再現することができた。助色素の構造の僅かな違いが、なぜ、これほどにはっきりとした色の違いとして現れる のかを確かめるため、有機合成した助色素類縁体を用いての実験も行なった。キナ酸の3位と5位は対象のように見える が実は3位水酸基はエカトリアル配置、5位水酸基はアキシャ ル配置を取る。どうも、この立体の差が、アジサイの色に決定的な影響を与えるらしい。さらに、pHと助色素、アルミニウ ムの3種のファクターのうちの一部だけを変えることにより、 紫色を発色させることもできた。このことから、アジサイの色は、液胞pHと助色素類、アルミニウムの絶妙な組み合わせの上に成り立つもので、何らかの環境要因によって連続的に変化することにより、発色がファジーに移ろうものと考えられる。


参考文献

  

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