熱を仕事に変えるエンジンの効率は古くから研究されており、熱力学の授業でも習うし私も講義している。他方仕事率の上限は未解決の問題らしく、情報学研究科の泉田先生がその研究をしていた。伊藤康介さん(名大院理卒)から関連研究、つまり量子系から測定器へのエネルギー移動速度の最大値を求める話を2018年7月に聞いた。特別な測定器を準備すると、量子系Sと測定器Aの相互作用がある時刻に自動でオンにできるので、それを使ってエネルギー移動速度の最大値を調べたらしい。京都大学の宮寺先生が考案したこの測定器が不思議だったので、上に挙げた原著論文を読んでみたが、そのような測定器は存在しないと思うので、ここに証明を記しておく。
まずこの論文のsection 3を要約する。系Sと測定器Aが、時間一定のHamiltonian
H
に従って、Schrodinger方程式で運動する場合を考える。この時、測定器AのHamiltonian、系Sと測定器Aの相互作用
V
、測定器Aの初期密度行列
s
を工夫することにより、時刻
t≤0
ではSとAが相互作用ないように運動し、
t>0
では相互作用あるように運動させたい。つまりSchrodinger方程式を解くと、
t<0
の全系の密度行列はSとAの直積になり、
t>0
ではそうならないようにしたい。
t<0
の条件は論文のCondition 1とLemma 1にまとめてある。また
t>0
の条件はCondition 2となる。
これらのConditionsは、次式の行列
f(t)
が
t<0
でゼロ、
t>0
で非ゼロになる事と等価である事が、簡単に分かる。
ここで
H
0
=H–V
は相互作用がないHamiltonian、
r
は系Sの密度行列である。
g(t)
は、初期密度行列がrとsの直積、全系のHamiltonianが
H
0
の時の、時刻
t
の全系の密度行列を表す。同様に
f(t)
の第1項は、同じ初期条件で
H
下での全系の密度行列を表す。参考までに行列の指数関数は、そのべき級数展開で定義される。
t=0
で行列
f(t)
の各要素は明らかに連続だが、左右の
k
次微係数が一致すると仮定する 。
t<0
では
f(t)
は常にゼロなので、
f(t)
を
t=0
でべき級数展開すると、展開係数である
k
次微係数は全てゼロになる。つまり
f(t)
は
t>0
でもゼロになってしまう。
そこで左右の
k
次微係数が
t=0
で連続か確かめよう。Schrodinger方程式から1, 2次微係数は
となるが、
f(t)
や
g(t)
は
t=0
で連続なので、上式の左辺もそうなる。高次微係数も同様に連続となる。つまり、Conditions 1, 2を同時に満たす系は存在しないことが分かる。
以上の証明を最初考えたのだが、この証明には抜け穴がある事を宮寺先生に教えてもらった。実関数を
f(t)=0
(
t≤0
)、
f(t)=exp(1/t)
(
t>0
) と定義すると、
f(t)
やその高階微分は全ての実数
t
で存在して連続になる。しかも
t≤0
でのテイラー級数展開はゼロだが、関数自体は
t>0
で非ゼロだ。