私達はこの問題を、準安定な量子状態の波動関数を求める事で解決した。シュレーディンガー方程式を解く際には、波動関数が無限遠でゼロになるという孤立境界条件を課すか、格子定数の何倍かで出発点と同じ値になる周期境界条件を課す。それに対し準安定状態は、波動関数が無限遠で発散球面波となる境界条件を課す。これは有限寿命を持つ、崩壊していく系を表す波動関数である。これはGamovが原子核の研究に昔使ったもので、その後原子や分子の超励起状態にも使われてきたアイデアである。十分遠方でポテンシャルがゼロになるなら、発散球面波が散乱問題の解になる。
超励起状態とはイオン化エネルギーより高エネルギーの状態である。分子にイオン化エネルギーより高エネルギーの光を当てると、分子はまず光を吸収し励起状態となり、その後電子を放出する場合が見られる。これを量子力学で扱うには、時間依存シュレーディンガー方程式とか、非弾性散乱を解く方法が考えられるが、準安定状態が簡潔で扱いやすい。日本人では、慶応大学の薮下(元) 教授や、分子科学研究所の江原教授が、分子の超励起状態の代表的な理論家である。この波動関数は 規格化できない(二乗可積分でない)、bra-ketで期待値が得られないなど、普通の量子力学と違う点がある。
また波動関数に課す発散波境界条件も明らかではない。例えば水分子は10個の電子を持つので、30変数の偏微分方程式(シュレーディンガー方程式)を解き、それに適切なスピン関数をかけて足すと波動関数が得られる。イオン化する電子の座標に発散波境界条件を課す方法や、その関数を展開する基底関数の選び方などを考える必要がある。これまでの研究では、全電子座標に複素位相因子をかける複素座標法が良く使われる。